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霊園とお墓のはなし

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・氷川三社に初詣 中川神社

2015年1月8日木曜日 晴れ

こんにちは。埼玉に本社を置き、埼玉のみならず東京、神奈川、千葉、群馬、静岡にて霊園と墓地をご案内し、墓石の製造加工と墓所への据付施工工事という「お墓づくりのお手伝い」をしております石材店の株式会社大塚のブログ「霊園とお墓のはなし」です。

先日の記事・氷川三社に初詣 氷川神社の続き、本日は中山神社の訪問記です。

氷川三社の場所の地図 大宮氷川神社 中山神社(中氷川神社) 氷川女体神社 氷川三社の場所の地図 大宮氷川神社 中山神社(中氷川神社) 氷川女体神社 空撮←こちらは空撮の地図

中山神社は、高鼻の氷川神社(大宮氷川神社)と三室の氷川女体神社の中間にあることから「中氷川神社」とも呼ばれていましたが、毎年12月8日に行われていた神事の「火渡り」にて氷が解け「中川」という地名になったという伝承もあります。

場所としては、第二産業道路にほど近い場所にあります(というよりも、もともと存在していた長い参道を横切るように第二産業道路が近年つくられました)。また第二産業道路と埼玉県道65号さいたま幸手線に挟まれた土地にあり、首都高埼玉新都心線の見沼インターからごく近い場所になります。

一の鳥居から続く参道です。しばらく行くと第二産業道路を渡ることになります。

氷川三社に初詣 中山神社DSC_0075 氷川三社に初詣 中山神社DSC_0076

二の鳥居にたどり着きました。

氷川三社に初詣 中山神社DSC_0049

案内板があります。

氷川三社に初詣 中山神社DSC_0050

中山神社 所在地 さいたま市中川143

中山神社は、かつて中氷川神社とよばれた中川の鎮守である。創建を人皇十代崇神天皇の御代二年と伝えられる古社である。明治40年7月、神社合祀の際に社名を現在の中山神社に改められたが、今でも通称は「中氷川神社」で通っている。「中氷川」の由来は一説には、見沼に面した高鼻・三室(浦和)・中川の地に氷川社があり、各々、男体宮、女体宮、簸王子宮(ひおうじみや)を祀り、当社が高鼻(男体)、三室(女体)の中間に位置したところから付けられたという。

天正19年(1591)11月、徳川家康から社領15石の御朱印を賜った格式のある神社である。

当社の祭礼の中でも、毎年12月8日に行われた鎮火祭は特に有名で、焚き終わった炭火の上を素足で渡り、無病息災及び火難がないよう祈願するものである。ただし、近年は事情によりこの行事は中断している。

現社殿の裏側に旧社殿が保存されているが、これは桃山様式をもつ市内最古の建造物として大宮市指定文化財となっている。

昭和59年3月
さいたま市

以上、案内板の説明を引用しました。

氷川三社に初詣 中山神社DSC_0052 氷川三社に初詣 中山神社DSC_0053

手水は、①まず右手で柄杓を持ち、水をすくい、左手にかけ、左手を清めます。②次に左手に柄杓を持ちかえ、右手を清めます。③清めた右手へ柄杓を持ちかえ、左手で水をうけて口をすすぎます。すすいだ水は地面にそっと吐き出して下さい。④再度左手を清めます。最後に、柄杓を縦にしながら、柄杓の残りの水で全体を清めて元の場所へお戻し下さい。

清め終わりましたので、参拝いたしましょう。

氷川三社に初詣 中山神社DSC_0054

狛犬がいらっしゃいます。

氷川三社に初詣 中山神社 狛犬DSC_0074 氷川三社に初詣 中山神社 狛犬DSC_0073

石材店の人間のためか、つい石に目がいってしまいます。歴史を感じさせる石垣でした。

鎮火祭の名残り、御火塚があります。

氷川三社に初詣 中山神社 御火塚DSC_0055 氷川三社に初詣 中山神社 御火塚DSC_0056

四隅には力石がありました。昔の力自慢の方はこの石を担いだのですね~

氷川三社に初詣 中山神社 御火塚 力石DSC_0059

拝殿にたどり着きましたので参拝いたします。

氷川三社に初詣 中山神社 拝殿DSC_0060

ご祭神は、大己貴命(オオナムチノミコト・大国さま)、素戔嗚尊(スサノオノミコト)、稲田姫命(イナダヒメノミコト)と三柱ですが、ここは簸王子社ですのでメインは大己貴命ということなのでしょう。

氷川三社に初詣 中山神社 祭神DSC_0061 氷川三社に初詣 中山神社 拝殿と本殿DSC_0062

王子ですので、男性の神様。千木が外削ぎになっています。(内削ぎの場合は女神)

氷川三社に初詣 中山神社 千木 外削ぎ 男神DSC_0072

本殿の後ろには、貴重な文化財の旧社殿があります。

氷川三社に初詣 中山神社 旧社殿DSC_0063 氷川三社に初詣 中山神社 旧社殿DSC_0069 氷川三社に初詣 中山神社 旧社殿DSC_0071

↑この覆い堂の中に旧社殿があります。桃山時代の建築物だということです。

氷川三社に初詣 中山神社 旧社殿DSC_0070 氷川三社に初詣 中山神社 旧社殿DSC_0067

氷川三社に初詣 中山神社 旧社殿DSC_0065

市指定文化財建造物

中山神社旧社殿

指定 昭和45年8月11日

中山神社は、古くは氷川社と称し大己貴命(おおなむちのみこと)を祀る旧中川村の鎮守で、大宮市高鼻町の氷川神社と浦和市三室の氷川神社の中間に位置するため、中氷川神社とも呼び慣わされてきました。明治の終わりに山の山村神社などを合祀して現在の社名に改めました。境内では、12月8日に神事の「鎮火祭」が執り行われていましたが、現在は社殿前に建立された「御火塚」と記された小さな石碑がその名残を留めているにすぎません。この鎮火祭の火によって「中氷川」の氷が溶けてしまい、この地を中川と呼ぶようになったともいわれています。

旧社殿は、板張り床の外陣に至る階段を設け、祭神を安置する母屋前方の屋根を、角度を変えて軒先よりさらに長くして、反りを付した板葺の二間社です。また、社殿側面の床板には脇障子や端の反り返った欄干がついていた痕跡が見受けられます。このような造りを「見世棚造り」といい社殿のもとになる型です。この旧社殿は簡素な板葺の「見世棚造り」が二間社となり、階段などを装飾して「流造り」に発展していく過渡期の建造物と言えます。桃山期のものと考えられ、県内に現存する社殿でも古い形式に入り、市内では最古のものであり、建築学上大変貴重な資料です。

平成3年3月 大宮市教育委員会

以上、案内板より引用しました。社殿の形式についての解説もありました。

氷川三社に初詣 中山神社DSC_0064

文化財を大切にしましょう

社殿の形式には、「神明(しんめい)造り」、「流(ながれ)造り」、「春日(かすが)造り」、「権現(ごんげん)造り」など様々ありますが、流造りのものが大部分を占めています。

この中山神社の奥殿(旧社殿)は、社殿の祖形といわれる「見世棚造り」から「流造り」に発展していく過渡期の遺構で、室町末期から桃山期にかけて建てられた市内最古の建造物です。

埼玉における中世末期の神社建築史にとって貴重な文化財ですので、火気には十分注意して見学してください。

平成10年3月
大宮市教育委員会

以上、案内板の引用でした。

また近くを通った際には立ち寄りたい中山神社でした。

氷川三社に初詣 氷川女体神社につづく

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